未来の大審判

と馬太伝二十五章にあることが路加伝の此所にも簡短に記されてあるのである、未来の大審判を背景として読みて此一節も亦深き意味を我等の心に持来すのである。 其他「人情的福音書」、「婦人の為にせる福音書」と称えらるる路加伝が来世と其|救拯《すくい》と審判《さばき》とに就て書記《かきしる》す事は一々茲に掲ぐ...

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メシヤ的即ち来世的の言である

とある言は確かにメシヤ的即ち来世的の言である(一章三十三節)、神の言葉として是は勿論追従の言葉ではない、又比喩的に解釈せらるべきものではない、何時か事実となりて現わるべき言葉である、然るに今時《いま》は如何と云うに、イエスの死後千九百年後の今日、彼は猶太人全体に斥けられこそすれ「ヤコブの家を窮なく支...

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我を呼びて主よ主よと言う者

[#2字下げ]我を呼びて主よ主よと言う者|尽《ことごと》く天国に入るに非ず、之に入る者は唯我天に在《いま》す父の旨に遵《したが》う者のみ、其日我に語りて主よ主よ我等主の名に託《よ》りて教え主の名に託りて鬼を逐い、主の名に託りて多くの異能《ことなるわざ》を為ししに非ずやと云う者多からん、其時我れ彼等に...

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