分の気の狂いそうな事

「貴方がそんなにしていらつしやると悲くなります」「何も君にそんなに悲んで貰う理由なんかないよ」「許して下さい」「君は早く台所へさがつとくれよツ、何も僕は君から許してくれの何のつて言つて貰う理由ないんだから……」「私が本当に悪いんです」「馬鹿! 勝手にしろ」 太つちよの女は、いつまでも歯を噛みしめて泣いていました。 谷村さんは、自分の気の狂いそうな事よりも、まず此の女のロンロンと云つた風な泣声が癪でなりませんでした。「オイ! お上さんを呼ぼうか、僕は迷惑だよ。只、僕は僕の気持が果したいから、一人であばれているんで、本当に君なんか邪魔なんだよツ、釦を押すよ」 太つちよの下女は、谷村さんの手を押えると、まるで神様へひれ伏すかのように、身を伏せて声を噛みました。「わたしは貴方が好きなのです。死ぬ程、思いつめて、私は皆から笑われながら、貴方を好いているのです」 谷村さんは、愕いてしまいました。あんまり愕きが大きかつたせいか、狂暴な今までの気持がふいと静まつて、反対に、おかしくておかしくて笑い出したくなりました。「許して下さい。私のような学問のない女でも、一生懸命勉めて、貴方について行きたいと思います」 谷村さんは、竹行李の中にたまつた五六十個もある卵の事を思い、唐詩選の中の詩をふと頭に浮かべました。 人生意気に感じなば 功名誰か復論ぜんや

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