本当の事を告白させると

「違うよ、すらりと背の高いひとがいるだろう、ホラ唇の紅い……」「あゝあれ! あのひと、奥さんですよ」 谷村さんは頭から水をあびせられたように愕いてしまいました。 実は、谷村さんに本当の事を告白させると、三度目にあの美しいひとに会つた時、云うに云えない甘美な思い出があるのです。 谷村さんは、遠く故郷を離れて、国にはもうお母さんがありませんでしたので、夜蔭に乗じては、下宿の洗面所で猿股を洗ふ事を常としておりました。

 その夜も、いつものように、二ツばかりの猿股を持つて谷村さんが洗面所へ行きますと、サアサアと水を出して何か洗つている先客がありました。谷村さんは悪びれもしないで、洗面所へはいつて行きますと、驚いた事に、あんなに思いつめていたあの美しい女のひとが、じたじたと冷水で眼を洗つているところでありました。 谷村さんが猿股をふところ[#「ふところ」に傍点]へ入れようとしたのと、その女のひとが振り返つたのが一緒だつたもので、谷村さんのまごつきようは、まるで火花かなんぞのようにチカチカと周章てていました。「どうなすつたんです?」「一寸した事で泣いてたの……」 その洗面所は横長い窓を持つていて、更けた街の屋根と、大きい月を写していたせいか、女のひとの言葉つきも、何だか非常に煽情的で、古風な風景にさえ思えました。「何で泣いていたんです?」「うゝん何でもないのよ」「だつて……何かあるンでしよう」

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