御身を天国に連れて行くこと

「私にとつて重要なことは、私自身が天国に行くことではない、御身を天国に連れて行くことなのだ。独りで楽しむ幸福など我慢がならぬ……。」 とジイドは日記抄の中で言つた。実にそれは我慢のならないことではあらう。いや全く我慢のならぬことだ。これは本当のことだ。しかし、御身を天国に連れて行くことが可能であらうか? この我慢のならぬことも、やはり我慢せねばならぬ。これはつらいことだがどうやら人間の宿命であるらしい。連れて行くなどといふことは誰にだつて出来はしない。人々は勝手に歩いて行くだけだ。おまけに、独りで楽しむ幸福すらありはしない。

「伯爵を除いてはこの小説の総ての人物は皆有徳の人物で、また異常な美徳さへもつてゐます。しかし貴女はこれが確かに真実だと思つておいでなのですか? (中略)貴方はア・プリオリから、理論から、理想から出発なさる。そこから貴女の人生に対する温和な態度、貴女の清澄、即ち貴女の偉大さが生れるのです。――哀れな私は、まるで鉛の靴をはいたやうに地上に釘づけにされてゐるのです。すべてが私を掻き乱し、引き裂き、荒廃させます――。」 一八七八年、六十歳を越えたギュスタフ・フロオベルが、ジョルジュ・サンドへあてた書簡の一節である。何もいはずに書き取つて置く。

 ほんとを言ふと、私は近頃だんだん夜と昼との区別がつかなくなつて行くので困つてゐるんだ。ことわつて置くが、これは少しも譬へごとではない。いつたい夜と昼との区別が、諸君につくのか? 誰だつてこの区別をつけることは出来ないのだ。諸君のうち、一人でも、俺は気狂ひぢやない、と言ひ切ることの出来る者がゐるか? ゐないぢやないか。それなら夜と昼との区別がどうしてつくのだ? はははは! ふざけちやいかん!

— posted by id at 11:25 am  

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